中国の作物
東西の多くの流浪の民がしたように・・・
ここにも、食用になる野生の草や木の実を指標として、肥沃な土地を求めながら流浪をしている人の群れがありました。
このような人々が、いつともなく黄河の河辺に集まって、小さな集落をなし、石を磨き、粘土をこねていたのは、今から約6000年前とされています。
陳西省、山西省、河南省を中心とした新石器時代の仰紹文化の遺跡の考古学上の発掘は、その頃の生活の一端を知らせてくれます。
『新中国の考古的収穫』の報告にある1949年北京解放後から1960年までの重要な発見にもとづいて、農耕に関係のある穀物や家密の出土を表わしたものがあります。
ただし、年代は、最近の中国科学院の炭素年代の測定他を基準としています。
穀物の出土は決して豊富とは言えません。
出土するアワは、戸外に掘った貯蔵穴に堆積した穀殻とか、土器についた圧痕です。
しかし、小さなアワ粒の形態から、当時のアワが栽培型としてすでに完成の段階にあったかどうかの判定はむつかしいのです。